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2010年10月 4日 (月)

「ゆんでめて」 読了

 畠中恵さん著「ゆんでめて」を読みました。

 ゆんでは弓手、弓を持つ手=左手。めては馬手、手綱を持つ手=右手。

 松之助兄さん夫婦に子供ができたと聞いて、お祝いの品を手に出かけた若だんなはその途中の別れ道で、人ではないお方の姿を見て、本来行くはずのないめてに行ってしまいました。そして、その後、ずっとそのことを後悔しながら生きることになりました。

 表題作である「ゆんでめて」は、若だんなが別れ道で右へ行ってから4年後。若だんなは4年前に右へ行ったことから、屏風の付喪神である屏風のぞきを失ってしまいました。それを認めたくない気持ち。けれどもそれを認めざるを得ないときを迎えてしまいました。

 「こいやこい」は、若だんなが別れ道で右へ行ってから3年後。若だんなは近江から来た5人の“千里”さんに出会い、その中の1人である通称宝珠さん、本名かなめさんに微妙な気持ちを抱きます。かなめさんが近江へ帰るとき若だんなはかなめさんに「江戸に嫁に来てもいいと思いますか」と尋ねます。その答えははぐらかされたまま。

 「花の下にて合戦したる」は、若だんなが別れ道で右へ行ってから2年後。若だんなは飛鳥山で花見をして生目神さまに会い、「最近、自分と近しい御仁に会ったか」と尋ねられます。

 「雨の日の客」は、若だんなが別れ道で右へ行ってから1年後。若だんなは利根川の河童の禰禰子河童に出会います。

 「始まりの日」は、若だんなが別れ道にさしかかるその日。生目神さまは、若だんなが右に行ってしまう原因となる御仁を若だんなの目に触れないようにしました。別れ道で右に行っていたら失ってしまったであろう付喪神、出逢ったであろう人や妖。行くはずのなかった右に行っていたら存在した未来は消え、本来、進むべき左手に行き、あるべき人生に踏み出す若だんな。その未来に、若だんなは誰に出会い、どんな将来を手に入れるのでしょうか。

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