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2009年8月 1日 (土)

クレオパトラ~妹の墓が語る悲劇~

 NHK BS-hi 21時30分から放送のハイビジョン特集「エジプト発掘第3集 クレオパトラ~妹の墓が語る悲劇~」

 番組冒頭でトルコのエフェソス遺跡の大劇場が出てきたので、テレビに向かって「行った~♪」と思わず大喜びしてしまいました。
 でも、そこで、クレオパトラの妹のアルシノエの遺骨ではないかと思われる骨が発掘されていたとは知りませんでした。街の真ん中にお墓があったなんて、びっくり。見学コースの道よりかなり見上げる位置ですから、知っていないと見上げないです。
 セルスス図書館の近くなら、絶対に近くを通っていますよ~。

 エジプトもルクソール、ギザの3大ピラミッドなどは行きましたけれど、アレクサンドリアには行っていません。海の中のスフィンクス、可愛い。いいなぁ、観たいなぁ。海には潜れないので無理ですけど。

 アルシノエと思われる女性の遺骨は、身長154cmくらいと考えられ、それは当時では長身の部類とか。今なら小柄と言われる女性が、当時は長身でスマートと言われるのですから、時代の違いは面白いですね。

 プトレマイオス朝は元々アレキサンダー大王の部下の将軍だったプトレマイオスを祖としているので、クレオパトラはギリシャ系の白人だとばかり思っていたら、発掘された骨のデータをもとに、アルシノエだと思われる頭蓋骨の復元をすると、西洋人と古代エジプト人の混血と考えられるのだそうです。これも興味深い話です。

 ローマと組んでエジプトの独立を守ろうとしたクレオパトラ、自らの力のみでエジプトの独立が守れると考えたアルシノエたち。政治的背景が2人を分かつ。そして、一時はエジプト女王となるアルシノエ。ローマ軍の援軍を得てクレオパトラが勝利し、クレオパトラが再び女王の座を取り戻す。プトレマイオス13世は敗走のとき川で溺れて亡くなったとか。哀しいです。
 反対勢力に支持されたアルシノエはクレオパトラには邪魔な存在。ローマで引き回しにされるアルシノエ。アルシノエは死刑を免れ、当時、ローマ帝国の領土だったエフェソスに追放されたのだと番組は語ります。
 お、アルテミスの像はエフェソス博物館で見ました。

 エフェソスのアルテミス神殿で、生涯を送るべく定められたアルシノエ。それはシーザー(カエサル)暗殺で大きく変わったとか。
 イギリスに保存された書物には、“クレオパトラはアントニウスにアルシノエを殺させた”と記されていると紹介されました。

 骨に残された成長板というもので、亡くなったときの年齢が判るのだとか。そこから考えると、アルシノエが亡くなったのは、エフェソスに送られて数年後の15歳から17歳だったのではないかと推定されるらしいです。ふむぅ。政治は非情。

 これまでは、クレオパトラとアルシノエの対立は書物の上のことだけだったけれども、今回のアルシノエと思われる骨の分析で、その物的証拠が示されるのだということです。

 エジプト人と共に闘ったアルシノエとローマとの提携を模索したクレオパトラ。2人ともエジプトを思っていたのに…。クレオパトラは本当に妹憎んでいたのでしょうか。

 1時間30分の番組がアッという間でした。

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